文系出身ですが4
2023/05/22
〈その3から続く〉
就職先の測量会社は悪く言えば放任主義、良く言えば若手にも積極的に仕事を任せてもらえる環境でした。地元の中小企業でしたが、大手のコンサルタント会社の業務を請け負うこともあり、自社では行えないような高価な機材を使っての測量や今では登記業務には必須の街区基準点の選点・観測など大きな規模の業務をお手伝いさせてもらい、まだ若手だったこともあり、とてもかわいがってもらえていろいろなことを教えていただきました。最初から土地家屋調査士事務所に勤務していたら広い視野を持っての測量作業は出来なかったかも知れません。
ただ、経験を重ねていく中で少しづづ悩みも出てきました。路線測量では道路や河川の建設・改修の設計の基礎となる測量を行うのですが、土木系の大学で学んできた先輩方と比較した場合にやっぱりベースとなる知識が違います。では、自分がこれからこの会社の中でどのような立ち位置を作っていくべきか?と考えた時に、用地測量では人との折衝や登記資料の検証などどちらかというと文系要素が濃いのではないかと思いました。それから他の人と自身の業務を比較した場合に遜色がない、ともすれば自身の担当業務の方がスムーズに進んでいることに気が付きました。ならば、自分がこの会社でのポジションを確かなものにするためには、用地測量に重点を置いてやるべきだと思うようになりました。
転機となったのは、地籍調査業務を請け負った時です。1.4K㎡というとてつもなく広大な山林原野地域での測量でしたが、人家は両手で数えられるほどの地域でした。地籍調査は現在の登記の基礎となっている約120年前の地租改正時の測量結果を改めて調査し、実態に合うように登記自体を是正するための調査です。最終的には法務局に移送し、登記記録が書き換えられることになります。でも、今まで行ってきた用地測量は公共事業のために必要な用地を取得するためのものであり、最終的な登記をするための手続きは官庁の方が行うため自分が行うことはありませんでした。地籍調査では調査の結果が最終的に登記簿に反映するための条件を満たす成果を提出しなければならないため、不動産登記法に則る形での調査が必要となります。いざ調査を進め地権者様からの分合筆の要望や実態に合わせた地目の変更などを取りまとめていく中で、「本当にこれで合っているのだろうか?」という不安に駆られることになりました。それでもまだこの時は場所が山林・原野地域なのでそれほど困ることもありませんでした。
次に請け負ったのは市街地での地籍調査だったので、調査の結果が正しくされていないと地権者様の実生活にも大きな影響を及ぼしかねません。現況では1.95mしかない延長敷地の接道部分をどのように2m確保できるようにするのか、宅地内の家庭菜園の地目認定をどのようにするのかなど、税金額への影響始め接道に関しては建て替えができない・資産価値が著しく低下してしまうなどの甚大な影響を与えかねないことを理解した時には本当に怖くなりました。
こうした経験の中で、「用地測量をやる上で不動産登記の知識をもっと身につけなければならない」と意識するようになり、土地家屋調査士を取得したいと考えるようになりました。そして、しばらくは日々の業務の傍ら細々と勉強する日々でしたが、実際に土地家屋調査士事務所で登記業務に携わりながら勉強がしたいと思うようになり、転職を決意しました。測量をやり始めて8年、31歳の時です。35歳までには資格を取ると決めて、何とかギリギリで資格を取得しその後9年補助者→合同事務所→調査士法人(全部同じ事務所です)を経て独立開業となります。
長々と書いてきましたが、測量と言っても一言で「理系の仕事」と括ってしまうのは間違いです。測量機の取り扱いについては手順は決まっているので、一日に300点も測量すれば300回同じ作業を繰り返すことになるのですぐに覚えられます。測量結果の計算もデータをソフトに取り込めばこれも手順に従い操作すれば勝手に計算してくれます。
確かに測量機の仕組みは角度と距離の計算が基本で、図面も数値でびっしりのものとなります。設計業務などは自身も途中限界を感じたように、やはり理系で土木系を先行していた方の方が有利かとは思いますが、用地に関する測量においては、関係地権者様との交渉や過去の登記資料の検証などむしろ文系出身者の方が得意とする要素も多くあります。大学での卒業論文の作成過程を思い起こしてそれを当てはめて考えてみた時に、「これは文系の自分の方が理系出身の人よりも有利なのでは」と思ったほどです。自分も散々「文系なのに測量やっているのですか?」と聞かれてきましたが、今なら逆に「文系出身だから登記資料の読み込みや理解は得意なので、むしろ向いているのではないかと思いますけど」くらいに返しています。
文系だけど、銀行員や総務・事務系など一つの所でじっとしているのは性に合わないという方、運動が好きで体を動かす仕事がしたいと考えている方。営業をやってきたけど手に職を付けたいと考えている方。土地家屋調査士はいかがでしょうか?意外と文系ならではの強みを生かすこともできる仕事ですよ。